ARTHUR-AQUAMARINE's MEMO

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TOP ≫ 《倫理》_Chap.5_《04現代のヒューマニズム》
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◇ 04 現代のヒューマニズム

  • ヒューマニズムの危機と、現代ヒューマニズムの特質を理解しよう。
  • 各活動家が実践したことと、その根底にある思想との関連を理解しよう。
  • 非暴力主義の流れと、運動の方法としてのその発展を理解しよう。

① 現代ヒューマニズム

ヒューマニズムの発達
 古代より、あらゆる思想はヒューマニズム ※(1)をその根底に持っているともいえるが、それが一つの明確な理念として主張されたのは、14~15世紀のイタリアに始まるルネサンスであった。ヒューマニズムの精神は、中世的な「神」中心の世界観が崩壊する中で、「人間」中心の世界観を確立するための思想や精神運動として展開されていく ※(2)
ヒューマニズムの危機と現代ヒューマニズム
(1) ヒューマニズムの危機
 しかし、20世紀に入ると、ヒューマニズムは危機の時代を迎える。高度に発達した科学技術や機械文明は、管理社会の発達と人間性の喪失を招き、核兵器などの大量殺戮兵器を生み、やがて環境破壊を激化させて人類を含む地球上の生命の生存を脅かした。自民族や自国中心主義の考え方は克服されず、利害対立や異なるイデオロギー、民俗・宗教間の対立などが常に新たな戦争の危機を生み出した。かつての帝国主義列強による植民地支配は、植民地における民族的な覚醒を促し、民族解放運動につながった。植民地独立後も先進諸国との経済格差はむしろ拡大し、工業開発に成功した国や資源の豊富な一部の国を除き、大半の発展途上国の国民は貧しいままに置かれた。
(2) 現代ヒューマニズム
 こうした状況の中で、深い人間愛や奉仕の精神に基づき、活発な実践活動を通じて人間性の擁護や回復をめざす人々が現れた。このような現代ヒューマニズムの実践的なあり方や思想的な表現はさまざまだが、人種や民族などの違いを超え、すべての人間が尊重されるべきだという考えや、戦争や暴力に反対する姿勢はほぼ共通している ※(3)
ヒューマニズムの発達
・ルネサンス時代…ヒューマニズム(人文主義
・近代…近代ヒューマニズム(人間中心主義)
・現代…現代ヒューマニズム(人道主義)
    =すべての人間の尊重、戦争、暴力への反対
注釈
(1) ヒューマニズム
ヒューマニズム(人間主義・人道主義)は非常に幅広い意味を含む言葉だが、一般的には、人間性を尊重し、人間性を束縛したり抑圧したりするさまざまな状況から人間を解放しようとする思想や運動のことである。人文主義・人本主義などさまざまに訳されるが、中でも古典文芸の復興を中心とするルネサンス期のヒューマニズムは、一般に人文主義と訳される。
(2) 人間中心の世界観の確立
デカルト以来の近代哲学や啓蒙主義の思想、社会主義や実存主義などの現代思想の運動の多くも、ヒューマニズムを哲学的に基礎づけたり、ヒューマニズムから力を得たりしている。
(3) 戦争や暴力に反対する姿勢
このような立場の現代ヒューマニズムは、特に人道主義と訳すことが多い。
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◇ 04 現代のヒューマニズム

  • ヒューマニズムの危機と、現代ヒューマニズムの特質を理解しよう。
  • 各活動家が実践したことと、その根底にある思想との関連を理解しよう。
  • 非暴力主義の流れと、運動の方法としてのその発展を理解しよう。

② 公正な社会・世界平和を求めた活動家

トルストイ
 19世紀ロシアを代表する作家トルストイは、その後の現代ヒューマニズムの潮流に強い影響を与えた社会思想家でもあった。1861年にロシアで発令された農奴解放令において、トルストイは農地調停員として農民の利益を擁護する。農民の世界観にのめり込んだトルストイは、自らの財産で農民や貧困層にさまざまな援助を行い、自著本の出版で得た資金を迫害された人々の救済にあてるなどした。非暴力主義を貫いたトルストイは、聖書の言葉を引用して、「暴力で悪人に手向かうな」と主張した。その反戦や非暴力の思想はロマン=ロランガンディーらに深い影響を与えた。
ロマン=ロラン
 フランスの作家ロマン=ロランは、20世紀前半のヒューマニズムを代表する人物の一人である。1914年の第一次世界大戦勃発に際し、ロマン=ロランは絶対平和主義の立場からドイツだけでなく祖国フランスにも味方せず、滞在中のスイスから両国に停戦をよびかけた。1920年代には、インドの非暴力・不服従の運動に共鳴し、ガンディーや詩人タゴール ※(1)らと交流した。30年代には、国際的な反ファシズム運動の先頭に立ち、ナチス占領下では密かにレジスタンスを支援するなど、自らの危険をかえりみずに闘うその姿勢は戦闘的ヒューマニズムともよばれる。
ベルグソン
 フランスの哲学者ベルグソンは、生の哲学 ※(2)とよばれる思想体系を樹立した。ベルグソンは、時間というものを、流動する意識の流れとしての純粋な持続の体験として捉えた。さらに考察を生命論に進め、生命進化の根源的な力を生の躍動(生命の飛躍)とよび、生命の大きな潮流がさまざまな方向へ分散しつつ種から種へと進化する創造的進化について語った。ベルグソンによると、人類の社会における生命の創造的進化の流れは、集団の自己防衛の本能に基づく閉鎖的な閉じた社会から、普遍的な人類愛に基づく開いた社会へと進化する。それに対応して、道徳や宗教も静的なものから動的なものへと進化すると、晩年の著作『道徳と宗教の二源泉』で述べている。
トルストイ
・農民や貧困層の救済活動
非暴力主義と反戦運動
ロマン=ロラン
絶対平和主義戦闘的ヒューマニズム
ベルグソン
生の哲学生の躍動創造的進化
閉じた社会から開いた社会
注釈
トルストイ
- Lev Nikolaevich Tolstoy [1828~1910]
 名門貴族の家に生まれ、幼くして両親と死別、親戚に育てられる。軍隊生活のかたわら文学活動を開始し、1862年の結婚を機に安定した生活に入り、『戦争と平和』をはじめ次々と大作を発表した。『幼年時代』『アンナ=カレーニナ』『復活』『少年時代』などがある。
(1) タゴール(1861~1941)
インドのベンガル州コルカタ(カルタッタ)生まれの文学者・思想家。詩集『ギーターンジャリ』でアジア人初のノーベル賞(文学賞)を受賞。教育や社会改革にも尽力し、世界各地を訪れて東西文化の融合や思想交流に努めた。
ロマン=ロラン
- Romain Rolland [1866~1944]
 フランスの小説家・劇作家・評論家。小説『ジャン=クリストフ』で1915年ノーベル文学賞を受賞。ほかに小説『魅せられたる魂』、伝記『ベートーヴェンの生涯』、評論『戦いを超えて』などが代表作。
ベルグソン
- Henri Bergson [1859~1941]
 パリ生まれ。コレージュ=ド=フランス(国立の高等教育機関)で教授を務めた他、「国際連盟知的教育委員会」の議長としても活躍。1927年にはノーベル文学賞を受賞した。主著『意識に直接与えられたものについての試論』『物質と記憶』『笑い』『創造的進化』『道具と宗教の二源泉』など。
(2) 生の哲学
現実に生きる人間の生の全体(理性・感性・意志)を重視する思想。ショーペンハウアーやニーチェなどが先駆者ともされる。
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◇ 04 現代のヒューマニズム

  • ヒューマニズムの危機と、現代ヒューマニズムの特質を理解しよう。
  • 各活動家が実践したことと、その根底にある思想との関連を理解しよう。
  • 非暴力主義の流れと、運動の方法としてのその発展を理解しよう。

③ 人間愛と奉仕活動に従事した活動家

シュヴァイツァー
 シュヴァイツァーはその生涯をアフリカでの医療活動にささげた。シュヴァイツァーの思想の根底にあるものは、生命への畏敬という理念である。これは、「あらゆる生命は生きようとする意志をもっている」という認識に基づいている。シュヴァイツァーは、人間のみならず自然界のあらゆる生命がこの意志を持つとし、「わたしは、生きようとする生命にとりかこまれた生きようとする生命である ※(1)という事実を深く認識するなら、人は自分の生命に対するのと同じように、あらゆる生命を価値あるものとして尊び、畏敬の念を持つところに至るとした。ここから道徳の根本原理も出てくる。すなわち、「生を保持し、生を促進するのは善であり、生を破壊し、生を阻害するのは悪である ※(2)とシュヴァイツァーはいう。
 しかし、この原理には、一つの生命は必然的に他の生命を犠牲にしなければ自己の生存を貫くことができない ※(3)という根本的な問題がある。これに対して、シュヴァイツァーは、生命の破壊や損傷はいかなる場合も悪だとした ※(3)。人間はこの倫理的な葛藤の中で、他の生命に対する最高度の責任感を持って、主体的な決断を下していくしかない。生命への畏敬は、人間が周囲の生命にいつでも関心を持ち、それらを尊び守っていく限りない責任を人間に求めている。
マザー=テレサ
 マザー=テレサは、自身が信仰するキリスト教を他人に押し付けることなく、相手の信仰を尊重しながら、あらゆる恵まれない人々に奉仕した。マザー=テレサによれば、この世で最大の苦しみは、経済的な貧困でも病気でもなく、誰からも愛されず見捨てられ、自分は必要とされない人間だと感じることである。そして、ただそうした人々の人間としての尊厳を認め、真心を込めて愛することでしか、この苦しみをなくすことはできないと説いた。
マザー=テレサの言葉
  • 病人や貧しい人のお世話をする時、私たちはキリストの苦しんでいる体のお世話をしているのです。
  • 何度でも飽くことなく繰り返して言います。貧しい人々が最も求めているのは、憐れみでなく愛なのです。彼らは自分たちの人間としての尊厳に敬意を払って欲しいのです。そして彼らが有している尊厳は、他の人間のそれと全く同じ質と量の尊厳なのです。
  • 私たちは雲の上と言いましょうか、非現実の世界に住んでいてはなりません。私たちのまわりの人々を理解するように懸命の努力を尽くすべきです。そして、共に住む人々をよりよく理解するために、自分自身をまず理解することがどうしても欠かせないのです。
『マザー=テレサ 愛と祈りのことば』(訳:渡辺和子 PHP文庫)
市民によるボランティア活動
(1) ボランティア活動とは
 シュヴァイツァーやマザー=テレサらの活動も刺激となって、現代の世界では、非常に多くの一般市民やその団体が、さまざまな困難に見舞われている人々に対し、物質的報酬を求めず自主的な奉仕活動に取り組んでいる。これらは一般にボランティア活動 ※(4)とよばれている。これらは市民による積極的な社会参加、すなわちサルトルのいうアンガ―ジュマンの一つのあり方と見る事もできる。
(2) 日本における近年の動向
 日本では、1995年の阪神・淡路大震災のとき、数多くの市民ボランティアが被災者の支援などに活躍した。これを機に、ボランティア活動への一般の関心が一挙に高まったために、この年をボランティア元年ともいう。1998年には、ボランティア活動に取り組む民間組織に、NPO非営利組織 ※(5)としての法人格を与えるNPO法(特定非営利活動促進法)が成立した。
シュヴァイツァー
赤道アフリカ(ガボン)での医療・伝道活動
生命への畏敬に基づく活動
マザー=テレサ
インドその他で病人・貧者・孤児などへの奉仕活動
→ この世の最大の苦しみは、誰からも愛されず見捨てられること
一般市民の奉仕活動
ボランティア活動(日本)
→ 1995年 ボランティア元年
→ 1998年 NPO法(特定非営利活動促進法)
注釈
シュヴァイツァー
- Albert Schweitzer [1875~1965]
 アルザス(現フランス領)出身の神学者・哲学者・医師・音楽家。牧師の子として生まれ、ストラスブール大学などで学ぶ。聖職者や宗教哲学の講師を経て、改めて医学を学ぶ。1913年、38歳のとき現在のガボンへ赴き、ランバレネに病院を建て、医療と伝道を開始した。1952年にはノーベル平和賞を受賞。主著に『水と原生林のはざまで』『文化と論理』などがある。
(1) 生命にとりかこまれた生命
(2) 生を破壊・疎外するのは悪である
『シュヴァイツァー 選集7 文化と理論』(訳:氷上秀廣 白水社)より抜粋。
(3) 必然的に他の生命を犠牲にする
たとえば生きるために他の生き物を食べ、自己の生存を脅かそうとするものがあればこれを排除し、あるいは殺すといったこと。
(4) 生命の破壊・損傷はいかなる場合も悪
たとえば医学の進歩に役立つからといって、何の反省もなしに動物実験を行うことは許されない。その実験がどうしても必要なのか、必要だとしてももっと動物を苦しめずに済む方法はないのか、常に問い直さなおさなければならない。
マザー=テレサ
- Mother Teresa [1910~1997]
 本名アグネス=ゴンジャ=ボヤジュー(Agnesa/Antigona Gongea Boiagi))旧ユーゴスラヴィア(現マケドニア)のスコピエ生まれ。18歳で修道女となり、翌1929年インドに派遣され、コルカタなどで教育や宣教に従事する。最も貧しい人々に仕えるようにという神の呼び声を聞き、修道会を離れてコルカタのスラム街に入り、子供のための青空教室などを始める。その後、「死を待つ人の家」「孤児の家」「平和の村」などの施設を設立。1948年インド国籍を取得。1979年にノーベル平和賞を受賞。2003年、ローマ教皇は異例の早さで彼女を福者(聖人の前の段階)とした。
(5) ボランティア活動
災害時の救援、障害者や高齢者などを支援する福祉活動、発展途上国の援助、平和や環境・人権を守る活動など分野は多種多様である。
(6) NPO(非営利組織)
NGO(非政府組織)もこれと似た概念だが、NGOは政府系ではない民間の組織という点が強調され、日本では発展途上国の援助などで国際的に活躍する組織をさす場合が多い。
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◇ 04 現代のヒューマニズム

  • ヒューマニズムの危機と、現代ヒューマニズムの特質を理解しよう。
  • 各活動家が実践したことと、その根底にある思想との関連を理解しよう。
  • 非暴力主義の流れと、運動の方法としてのその発展を理解しよう。

④ 民族解放・非暴力主義を訴えた活動家

ガンディー
 ガンディーはインド独立運動の指導者である。
(1) サティヤーグラハ
 ガンディーの根本思想はサティヤーグラハ ※(1)である。サティヤーグラハは真理の把持または真理の把握と訳され、根源的な真理を把握し、それを自己の生き方や社会のあり方の中に実現していくことを意味する。その目標に向けた具体的な実践として、ブラフマチャリヤー(ブラフマチャリア)とアヒンサーをかかげている。
(2) ブラフマチャリヤー
 ブラフマチャリヤー自己浄化と訳される。真理のみをひたすら追求できるようにするため、徹底した禁欲を行うことで、単に肉体的な欲望を抑えるだけでなく、喜怒哀楽などの感情や一切の感覚器官を統制することを意味する。
(3) アヒンサー
 アヒンサーは、不殺生(非殺生)あるいは非暴力と訳される。命あるものを傷つけたり殺したりしないこと ※(2)であり、古代からインドの宗教や思想ではよく強調されていた。しかしガンディーにとってアヒンサーとは、ただ身体的な危害を加えないことを意味するだけでなく、邪念や憎悪、荒々しい言葉、虚言や不誠実などにより相手を傷つけることのないようにすることも含まれていた。
(4) 非暴力・不服従運動
 ガンディーは、トルストイらの説いた非暴力主義に影響を受けながらも、アヒンサー(不殺生)に基づき徹底した非暴力主義を唱えた。しかもそれを、非暴力・不服従運動 ※(3)という有効な政治的方法として結実させた。非暴力主義は、相手の暴力という不正に対して、同じ暴力という不正にうったえることなく、愛と自己犠牲を示すことにより自らの不正を悟らせ、正義や真理を実現していこうとするものである。ガンディーは非暴力・不服従運動によるインドの独立をめざすため、スワラージ(自治独立)・スワデーシ(国産品愛用) ※(4)をスローガンにかかげた。1922年、インド人によるイギリス官憲への暴力事件が起こると、ガンディーはすぐに運動を停止した。しかし、1930年の塩の専売法に反対して400km近くを歩いた「塩の行進」をきっかけに、運動は再び盛り上がった。
ブラフマチャリヤーとアヒンサー
 普遍的な、そしてすべてに内在する真実の精神に直面するためには、人は最も微々たる創造物をも、同一のものとして愛することが可能でなければならない。しかも、それを追求する人は、あらゆる生活の分野から離れていてはならないのである。……あらゆる生命を持つものを同一視することは、自己浄化なしには不可能である。自己浄化なしに守られた非殺生の法則は、空しい夢にとどまってしまわなければならない。神は、心の清らかでない者には、けっして実現されないだろう。だから、自己浄化は、生活のすべての歩みのなかの浄化を意味するものでなくてはならない。
『ガンジー自伝』(訳:蝋山芳郎 中公文庫)
キング牧師
 キング牧師はアメリカ黒人解放運動の指導者である。1955年、公営バスで黒人女性が白人に席を譲らず逮捕される事件が起きた。これを機に、キング牧師はバスの座席の人種隔離に抗議して乗車を拒否するバス=ボイコット運動を指導し、1年以上の闘争の結果、連邦最高裁判所で差別を違憲とする判決が出て、非暴力による運動を成功させた。この運動をきっかけに、平等な公民権 ※(5)を求める公民権運動が盛り上がり、キング牧師はその指導者として活躍。1963年には、奴隷解放100周年を記念するワシントン大行進を率いて、有名な「私には夢がある」の演説を行った。こうした運動の結果、1964年には公民権法が制定され、公的な機関や場所での人種差別が禁じられた。
私には夢がある(I Have a Dream)
 友よ、私は今伝えたい。今日、そして明日の困難に直面してはいても、それでもなお、私には夢があると。それは、アメリカンドリームに深く根付いた夢なのだ。私には夢がある、いつの日か、この国が立ち上がり「我々はすべての人々は平等に作られていることを自明の理と信じる(アメリカ独立宣言)」という信条を本当の意味で実現させるという夢が。私には夢がある、いつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫たちと、かつての奴隷所有者の子孫たちが、同胞として同じテーブルにつくことができるという夢が。私には夢がある、今、差別と抑圧の熱がうずまくミシシッピー州でさえ、自由と正義のオアシスに生まれ変わる日が来るという夢が。私には夢がある、いつの日か、私の4人の幼い子供たちが、肌の色ではなく、人格によって評価される国に住むことができるという夢が。
(1963年8月 ワシントンD.C.におけるキング牧師の演説 訳:GAKKEN編集部)
ガンディー
非暴力主義によりインド独立運動を指導
サティヤーグラハ(真理の把持)
ブラフマチャリヤー(自己浄化)・アヒンサー(不殺生・非暴力)
非暴力・不服従運動
  スワラージ(自治独立)・スワデーシ(国産品愛用)をスローガンに展開
キング牧師
非暴力主義によりアメリカの黒人解放運動を指導
バス=ボイコット運動公民権運動へと発展
注釈
ガンディー
- Mohandas Karamchand Gandhi
- [1869~1948]
 尊称マハトマ(偉大なる魂)。インド西部、グジャラート地方出身。ヒンドゥー教徒で、クシャトリヤ階級(父は小藩王国の宰相)だった。18歳でイギリスに留学し、弁護士の資格をとって帰国する。24歳で商社の顧問弁護士として南アフリカに渡り、そこでインド人への人種差別を体験。以後22年にわたり南アフリカに滞在し、差別の撤廃を求めて非暴力的抵抗運動を指導し、一定の成功をおさめた。1915年インドに帰国し、イギリスからの独立運動を指導する。インドが国家分裂した翌年の1948年、狂信的なヒンドゥー教徒の青年に暗殺された。
(1) サティヤーグラハ(satyagraha)
サティヤ(真理)とアーグラハ(把握)の2つの語の合成語。
(2) 命あるものを殺傷しない
そのためガンディーは、日常生活で菜食主義を実践した。
(3) 非暴力・不服従運動
ガンディーの非暴力・不服従運動では、運動の意図が相手側に明示され、反対する法律以外の法律には忠実に従い、自らの行動による罰則は自ら引き受けることが決まりであった。ガンディー自身も何度も逮捕・投獄されたが、屈せずに運動を続けた。
(4) スワラージ・スワデーシ
ガンディーは、イギリス製の衣料品などを排してインド国産の綿製品を用いるよう呼びかけ、自らチャルカ(手紡ぎ車)で糸を紡いで、その象徴とした。
キング牧師
- Martin Luther King, Jr [1929~1968]
 ジョージア州出身。父を継いでバプティスト教会の牧師となり、ボストン大学などで学び、ガンディーの非暴力主義を知って強い影響を受けた。1964年にノーベル平和賞を受賞し、その後もベトナム反戦運動や貧困の打破などを目的とする運動を進めたが、1968年演説中に白人の脱獄囚により暗殺された。
(5) 公民権
公民としての権利、特に選挙権や被選挙権などを通じて政治に参加できる地位や資格のこと。アメリカ南部などの諸州では、それまでさまざまな方法で黒人の選挙権登録が妨害され、公的な場での人種隔離政策も公然と行われていた。
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