ARTHUR-AQUAMARINE's MEMO

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◇ 11 実証主義と進化論思想

  • 実証主義と進化論思想が科学に基づいた産業社会の組織をめざしたことを理解しよう。
  • 人間の精神は進歩し、実証的段階が最も高い段階であるという考えを理解しよう。
  • 社会は有機体であり、社会は進歩しているという考えを理解しよう。

③ 進化論思想 - スペンサー・ダーウィン

進化
(1) 進化の法則
 スペンサーは進化の観念を構成して、これを宇宙から人間社会までのあらゆる分野・領域にまでわたる万物を貫く法則(進化の法則)と捉え、社会進化論を提唱した ※(1)。進化は、同質なものから異質なものへの変化、単純なものから複雑なものへの変化と捉えている。
(2) 適者生存
 進化がでたらめに行われるのではなく、そこに法則があるためには、進化をよりよい方向(進歩の方向)に進めるものがなければならない。それが自然淘汰、あるいは適者生存である。すなわち、変化する環境に適応しないものは除去され、適応するものが生き残る。これにより万物は進歩の方向に向かうと考えられた。
社会の進化
(1) 社会有機体説
 社会を生物有機体とのアナロジー(類似)で捉える考え方を社会有機体説という。確かに社会と私たち人間を含む生物有機体は共通点を持つが、社会を構成する個々の人間は生物の細胞とは違って、個人意識を持って独立しており、個人意識が従属すべき共同的意識は存在しない。それゆえ、市民が国家に従属するのではなく、市民の幸福のために国家が存在すると考えられた。
(2) 自由放任主義
 スペンサーは、社会は軍事型社会から産業型社会へと進化を遂げるものだと主張した。この進化は、個人が社会的権威から解放されてゆく過程であり、個人は社会が進化すればするほど、より自由を獲得する。スペンサーは社会は適者生存によって進化するとの考えから、国家の個人への干渉を排除する立場(自由放任主義)に立った。
ダーウィンの進化論
 ダーウィン ※(2)以前、生物の「種」は神の創造によって定められたものであり、普遍のものであると信じられていた。これに対してダーウィンは、1859年に発表した『種の起源』で、生物の「種」を変化の中で生まれてきたものであり、時間と共に変化するものと定義し、それまでとは反対の見解を示した。ダーウィンが人間の祖先についての記述を避けたにもかかわらず、世間では、この書は人間がアダムとイブの子孫ではなく猿の子孫であると説いたものだとする噂が広まる。『種の起源』には、こうした神への信仰や聖書の真理が絡んでいたため、単に科学上の理論争いではなく、人々の信仰や生き方を含んだ社会的な大事件として、ダーウィンの進化論が当時の社会に与えた衝撃は極めて大きい。
実証主義(コント)
・産業社会 → 科学による自然の征服 → 新しい社会の到来
・精神の三段階 → 神学的段階・形而上学的段階・実証的段階
進化論思想(スペンサー)
・社会は有機体であり、自然淘汰適者生存)によって進化する
・社会は軍事型社会から産業型社会へと進化を遂げる
注釈
スペンサー
- Herbert Spencer [1820~1903]
 イギリスのダービーに生まれる。父親の経営する私立学校に通った以外、学校教育を受けなかった。父親から科学尊重の態度を学び、 叔父から自由放任主義の思想を学んだ。はじめ技術に関心を持ち、やがて社会、政治、哲学、自然科学とあらゆる分野に関心を広げ、これらを総合する「総合哲学」をくわだて、これを実行することが一生の仕事となった。日本との関係は意外に深い。主著『総合哲学大系』。
※ スペンサーと日本の関係
スペンサーの思想は明治時代に極めて多く翻訳された。スペンサーの学説は自由民権運動家にとってはバイブルのようなものであり、地方の明治政府からは大日本帝国憲法の起草と英訳に関して意見を求められている。
(1) 進化論
進化論といえばダーウィンの進化論が有名であるが、年代的にはスペンサーの進化論が先である。スペンサーは進化を宇宙から人間社会にまで広く適応したが、ダーウィンが生物学的観点から科学的な理論を展開したことが、スペンサーの進化論を補強するものとなった。
ダーウィン
- Charles Robert Darwin [1809~1882]
 イングランドのシュルーズベリーに生まれる。子どもの頃から学校の勉強よりも野外での遊びの方を好んだ。16歳で大学に入り医学を学んだが中退し、別の大学の神学部を修了した。22歳の時、博物学者としてビーグル号に乗船、世界周航の途についた。生物種は不変ではなく、変化するといういわゆる進化論についての確信は、この航海で得たといわれる。後に『種の起源』を出版した。
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