ARTHUR-AQUAMARINE's MEMO

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◇ 01 社会主義

  • 社会主義思想成立の歴史的背景と、その特質を理解しよう。
  • 空想的社会主義、マルクス主義、社会民主主義の違いを理解しよう。
  • マルクス主義の理論とその展開、挫折した理由について理解しよう。

⑤ マルクス主義の展開と挫折

レーニンの思想
(1) 社会主義革命の実行へ
 マルクス主義の理論を受け継ぎ、社会主義革命を実行に移した人物は、結局、資本主義の最も発達した地域ではなく、その発達が遅れたロシアや中国などから現れた。
(2) 指導者レーニン
 ロシア革命の指導者レーニンは、自身が生きた19世紀末から20世紀にかけての世界の資本主義の現状を分析し、マルクス主義の理論をあらゆる面で創造的に発展させた。また、当時のロシアの特殊な状況にマルクス主義を適用して、革命を成功させるための有効な道を見いだした。マルクス主義を受け継ぎ、レーニンが発達させた社会主義理論をマルクス・レーニン主義という。
(3) 帝国主義論
 レーニンは、資本主義の最高の段階を帝国主義 ※(1)と規定し、19世紀末から20世紀初頭にかけて、列強各国の資本主義はこの段階に入ったとする。その特徴として、次の5点があげられる。
《 19世紀末から20世紀初頭の列強各国の資本主義の特徴 》
生産と資本が少数の巨大企業に集中し、独占化する。
巨大産業と巨大銀行が一体化して金融資本が形成され、それが生産と資本の支配的部分を占めるようになる。
独占と金融資本により過剰な資本が生じ、高い利潤などを求めて、後進的な地域に資本の輸出が行われる。
こうして国際的な独占体が世界市場を分割支配する。
世界市場の分割を基礎に、列強各国による世界の領土分割(植民地支配)が完成する。
 しかし、列強各国の経済発展は不均等であるため、植民地再分割のための国際的な帝国主義戦争が不可避であるという。以上のような帝国主義論は、第一次世界大戦に際して書かれ、レーニンはマルクス主義の立場から次のような主張をした。
《 レーニンの主張 》
資本主義の最高段階である帝国主義は、同時に「死滅しつつある資本主義」であり、「社会主義革命」の前夜である。
現在は、労働者階級が資本家階級の利益のため敵味方に分かれて戦わされているが、むしろ帝国主義戦争に向かうエネルギーを内乱へ転化し、そこから革命へと向かうべきである。
植民地における民族解放闘争は、世界革命の一環であり、帝国主義の国々の労働者階級とその敵は共通である。
(4) 武力による社会主義革命の必要性
 当時のロシアは資本主義の発展が遅れた農業国で、皇帝による専制政治が行われていた。レーニンはこの状況にマルクス主義を適用し、社会主義実現のためには武力による社会主義革命が不可欠であり、革命を成功させるためには労働者と農民との同盟(労農同盟)が必要であると考えた。
(5) 社会主義革命の成功
 第一次世界大戦中の1917年、ロシア革命が勃発した。3月に帝政が倒され、ブルジョワジーを中心とした臨時政府が成立。11月には、レーニンの指導により世界最初の社会主義革命が成功し、社会主義政権が成立した。1922年には、ソヴィエト社会主義共和国連邦が発足した。
(6) プロレタリアート独裁
 レーニンは、資本主義社会から共産主義社会へ向かう過渡期の政治体制としてプロレタリアート独裁を主張した。レーニンの考えでは、国家は中立的なものではありえず、支配階級の支配のための道具にほかならない。そこで、抑圧されてきたプロレタリアートを支配階級として組織し、ブルジョワジーを強制的に支配することで、一部の富者のためではなく人民のための民主主義が実現すると考えた。こうして共産主義社会が実現すれば、支配の道具としての国家は消滅するはずであった ※(2)
毛沢東の思想
(1) 中国革命の成功
 中国共産党の指導者毛沢東は、マルクス・レーニン主義を受け継ぎ、中国が置かれた状況の中でこれを創造的に発展させ、中国革命を勝利に導き、中華人民共和国を成立させた。
(2) 当時の中国の実情
 毛沢東は、彼が革命運動を行っていた20世紀前半の中国の現状を、「半植民地的・半封建的な後進的農業国」であると把握した。当時の中国は帝国主義列強の圧迫に苦しめられ、資本主義が未発達で、国民の大半は農民、とりわけ貧しい小作農であったからである。
(3) 農民主体の革命運動
 こうした状況の中で、毛沢東は労働者よりも農民を主体とした革命運動を展開する。また毛沢東は、中国ではまず反帝国主義・反封建主義の新民主主義革命を成功させ、その上で社会主義革命に進むべきだとする、二段階革命の理論を説いた。
社会主義体制の崩壊と変容
(1) 社会主義勢力の拡大
 ソヴィエト連邦の成立後、第二次世界大戦後には東欧諸国や中国など多くの社会主義国家が誕生した。社会主義諸国は戦後の「東西冷戦」とよばれる状況のもと、資本主義諸国と並ぶほどの勢力をもった。
(2) 計画経済と一党独裁体制
 これら社会主義諸国では、生産手段の公有が国家の下に行われ、計画経済が推進された。支持は共産党の一党独裁体制がとられ、官僚的な硬直した体制のもと、言論など個人の自由は抑圧された。そして自由競争がないことなどから経済の発展も沈滞し、次第に行き詰っていった。
(3) ゴルバチョフによる改革
 1985年、ソ連の共産党書記長に就任したゴルバチョフ ※(3)は、ペレストロイカ(改革)やグラスノスチ(情報公開)といった民主的改革を進め、東西冷戦を終結に導き、東欧諸国などに対する政治的・軍事的介入も終結させた。
(4) 東欧革命とソ連の解体
 1989年には東欧諸国で次々と社会主義政権が倒れる東欧革命が起こり、冷戦の象徴であったベルリンの壁崩壊、翌年東西ドイツが統一された。1991年には、社会主義陣営の盟主ソ連が解体。中国など他の社会主義諸国でも、資本主義的な市場経済の導入により経済発展が図られ、マルクス・レーニン主義の影響力はほとんど失われるに至った。
《 社会主義思想の流れ 》
レーニンの思想
帝国主義、労働者と農民の同盟、プロレタリアート独裁
毛沢東の思想
中国 = 半植民地的・半封建的な後進的農業国
新民主主義革命から社会主義革命へ
注釈
レーニン
- Vladimir Il'ich Lenin [1870~1924]
 早くから革命運動に参加。のちに亡命先であるヨーロッパから革命運動を指導する。1917年に帰国してロシア革命を成功させ、初代人民委員会議議長に選出された。主著『帝国主義論』など。
(1) 帝国主義
国レベルでは独占資本・金融資本が国民経済を支配している段階であり、独占資本主義ともいう。
(2) 支配の道具としての国家の消滅
しかし、プロレタリアート(労働者階級)独裁は、結局は共産党の一党独裁となり、やがてスターリンによる個人独裁に変わっていった。
毛沢東 [1893~1976]
 1921年、中国共産党の創立大会に参加。中華人民共和国成立後は、政府主席・国家主席として社会主義的改革を指導する。しかし、1966年に始めた文化大革命は、中国社会に大混乱をもたらしたとされる。主著『実践論』『矛盾論』など。
文化大革命
 1966~70年代初め、文化闘争・思想闘争の形をとって行われた政治運動。実際には、毛沢東が自らの復権をめざし、反対派を打倒するために始めた権力闘争だった。毛沢東は学生らを紅衛兵として組織し、「造反有理」(反逆には道理がある)をスローガンに、一切の既成価値を変革すると称して大衆運動を盛り上げ、「実権派」「走資派」とレッテルを貼られた多くの人々が弾圧・追放された。毛沢東の死後、その意義は否定され、文化大革命中に失脚した人々の復活や名誉回復も行われている。
(3) ゴルバチョフ(1931~)
1990年からソ連初代大統領、翌年ソ連解体と共に辞任。1990年ノーベル平和賞受賞。
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