ARTHUR-AQUAMARINE's MEMO

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◇ 04 現代のヒューマニズム

  • ヒューマニズムの危機と、現代ヒューマニズムの特質を理解しよう。
  • 各活動家が実践したことと、その根底にある思想との関連を理解しよう。
  • 非暴力主義の流れと、運動の方法としてのその発展を理解しよう。

④ 民族解放・非暴力主義を訴えた活動家

ガンディー
 ガンディーはインド独立運動の指導者である。
(1) サティヤーグラハ
 ガンディーの根本思想はサティヤーグラハ ※(1)である。サティヤーグラハは真理の把持または真理の把握と訳され、根源的な真理を把握し、それを自己の生き方や社会のあり方の中に実現していくことを意味する。その目標に向けた具体的な実践として、ブラフマチャリヤー(ブラフマチャリア)とアヒンサーをかかげている。
(2) ブラフマチャリヤー
 ブラフマチャリヤー自己浄化と訳される。真理のみをひたすら追求できるようにするため、徹底した禁欲を行うことで、単に肉体的な欲望を抑えるだけでなく、喜怒哀楽などの感情や一切の感覚器官を統制することを意味する。
(3) アヒンサー
 アヒンサーは、不殺生(非殺生)あるいは非暴力と訳される。命あるものを傷つけたり殺したりしないこと ※(2)であり、古代からインドの宗教や思想ではよく強調されていた。しかしガンディーにとってアヒンサーとは、ただ身体的な危害を加えないことを意味するだけでなく、邪念や憎悪、荒々しい言葉、虚言や不誠実などにより相手を傷つけることのないようにすることも含まれていた。
(4) 非暴力・不服従運動
 ガンディーは、トルストイらの説いた非暴力主義に影響を受けながらも、アヒンサー(不殺生)に基づき徹底した非暴力主義を唱えた。しかもそれを、非暴力・不服従運動 ※(3)という有効な政治的方法として結実させた。非暴力主義は、相手の暴力という不正に対して、同じ暴力という不正にうったえることなく、愛と自己犠牲を示すことにより自らの不正を悟らせ、正義や真理を実現していこうとするものである。ガンディーは非暴力・不服従運動によるインドの独立をめざすため、スワラージ(自治独立)・スワデーシ(国産品愛用) ※(4)をスローガンにかかげた。1922年、インド人によるイギリス官憲への暴力事件が起こると、ガンディーはすぐに運動を停止した。しかし、1930年の塩の専売法に反対して400km近くを歩いた「塩の行進」をきっかけに、運動は再び盛り上がった。
ブラフマチャリヤーとアヒンサー
 普遍的な、そしてすべてに内在する真実の精神に直面するためには、人は最も微々たる創造物をも、同一のものとして愛することが可能でなければならない。しかも、それを追求する人は、あらゆる生活の分野から離れていてはならないのである。……あらゆる生命を持つものを同一視することは、自己浄化なしには不可能である。自己浄化なしに守られた非殺生の法則は、空しい夢にとどまってしまわなければならない。神は、心の清らかでない者には、けっして実現されないだろう。だから、自己浄化は、生活のすべての歩みのなかの浄化を意味するものでなくてはならない。
『ガンジー自伝』(訳:蝋山芳郎 中公文庫)
キング牧師
 キング牧師はアメリカ黒人解放運動の指導者である。1955年、公営バスで黒人女性が白人に席を譲らず逮捕される事件が起きた。これを機に、キング牧師はバスの座席の人種隔離に抗議して乗車を拒否するバス=ボイコット運動を指導し、1年以上の闘争の結果、連邦最高裁判所で差別を違憲とする判決が出て、非暴力による運動を成功させた。この運動をきっかけに、平等な公民権 ※(5)を求める公民権運動が盛り上がり、キング牧師はその指導者として活躍。1963年には、奴隷解放100周年を記念するワシントン大行進を率いて、有名な「私には夢がある」の演説を行った。こうした運動の結果、1964年には公民権法が制定され、公的な機関や場所での人種差別が禁じられた。
私には夢がある(I Have a Dream)
 友よ、私は今伝えたい。今日、そして明日の困難に直面してはいても、それでもなお、私には夢があると。それは、アメリカンドリームに深く根付いた夢なのだ。私には夢がある、いつの日か、この国が立ち上がり「我々はすべての人々は平等に作られていることを自明の理と信じる(アメリカ独立宣言)」という信条を本当の意味で実現させるという夢が。私には夢がある、いつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫たちと、かつての奴隷所有者の子孫たちが、同胞として同じテーブルにつくことができるという夢が。私には夢がある、今、差別と抑圧の熱がうずまくミシシッピー州でさえ、自由と正義のオアシスに生まれ変わる日が来るという夢が。私には夢がある、いつの日か、私の4人の幼い子供たちが、肌の色ではなく、人格によって評価される国に住むことができるという夢が。
(1963年8月 ワシントンD.C.におけるキング牧師の演説 訳:GAKKEN編集部)
ガンディー
非暴力主義によりインド独立運動を指導
サティヤーグラハ(真理の把持)
ブラフマチャリヤー(自己浄化)・アヒンサー(不殺生・非暴力)
非暴力・不服従運動
  スワラージ(自治独立)・スワデーシ(国産品愛用)をスローガンに展開
キング牧師
非暴力主義によりアメリカの黒人解放運動を指導
バス=ボイコット運動公民権運動へと発展
注釈
ガンディー
- Mohandas Karamchand Gandhi
- [1869~1948]
 尊称マハトマ(偉大なる魂)。インド西部、グジャラート地方出身。ヒンドゥー教徒で、クシャトリヤ階級(父は小藩王国の宰相)だった。18歳でイギリスに留学し、弁護士の資格をとって帰国する。24歳で商社の顧問弁護士として南アフリカに渡り、そこでインド人への人種差別を体験。以後22年にわたり南アフリカに滞在し、差別の撤廃を求めて非暴力的抵抗運動を指導し、一定の成功をおさめた。1915年インドに帰国し、イギリスからの独立運動を指導する。インドが国家分裂した翌年の1948年、狂信的なヒンドゥー教徒の青年に暗殺された。
(1) サティヤーグラハ(satyagraha)
サティヤ(真理)とアーグラハ(把握)の2つの語の合成語。
(2) 命あるものを殺傷しない
そのためガンディーは、日常生活で菜食主義を実践した。
(3) 非暴力・不服従運動
ガンディーの非暴力・不服従運動では、運動の意図が相手側に明示され、反対する法律以外の法律には忠実に従い、自らの行動による罰則は自ら引き受けることが決まりであった。ガンディー自身も何度も逮捕・投獄されたが、屈せずに運動を続けた。
(4) スワラージ・スワデーシ
ガンディーは、イギリス製の衣料品などを排してインド国産の綿製品を用いるよう呼びかけ、自らチャルカ(手紡ぎ車)で糸を紡いで、その象徴とした。
キング牧師
- Martin Luther King, Jr [1929~1968]
 ジョージア州出身。父を継いでバプティスト教会の牧師となり、ボストン大学などで学び、ガンディーの非暴力主義を知って強い影響を受けた。1964年にノーベル平和賞を受賞し、その後もベトナム反戦運動や貧困の打破などを目的とする運動を進めたが、1968年演説中に白人の脱獄囚により暗殺された。
(5) 公民権
公民としての権利、特に選挙権や被選挙権などを通じて政治に参加できる地位や資格のこと。アメリカ南部などの諸州では、それまでさまざまな方法で黒人の選挙権登録が妨害され、公的な場での人種隔離政策も公然と行われていた。
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