ARTHUR-AQUAMARINE's MEMO

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◇ 06 西洋近代思想の受容

  • 明治維新前後の西洋文明の受容の仕方について理解しよう。
  • 啓蒙思想について理解しよう。
  • 自由民権の思想について理解しよう。

① 西洋近代思想の受容と近代国家の形成

近代精神の萌芽
(1) 日本における近代思想
 日本の近代思想は、西欧文化の本格的流入を経験する明治時代に開花する。しかし、西欧文化を受容する基礎は、江戸時代の儒学と洋学によって準備されていた。朱子学の理気二元論と窮理の態度が経験に基づいた合理的精神を生み出した。この態度が貝原益軒による本草学、宮崎安貞(みやざきやすさだ)による農学研究(『農学全集』)の動力となり、中期以降は山片蟠桃、佐久間象山に見られるような西洋自然科学受容の母胎となった。
(2) 洋学
 洋学は「西洋学術」の訳語であって、江戸時代に移入・研究された西洋の学術の総称として用いられる。西洋の学術は鎖国以前にはポルトガル・スペイン系学術(蛮学)が中心で、鎖国以後はオランダ系学術(蘭学)が発達した。幕末の開港以後は「洋学」という名称が一般に使われ、オランダ系の学術の他、イギリス系、フランス系の学術も移入されるようになった。
 洋学(蘭学)は鎖国下にあって長崎を通じて細々と輸入されたが、その知識内容は医学・天文学・暦法・兵学などの実用的な技術に関するものの他、西洋史や世界地理学など西洋事情に関するものも含まれていた。医学では前野良沢(まえざわりょうたく)杉田玄白らがオランダ語の解剖書を翻訳し、『解体新書 ※(1)として刊行した。
 幕末になると西洋事情を通じて東アジアや日本の現状を考え、幕府の政策を批判する者も現れた。また西洋の進んだ技術を導入して日本の危機を乗り越えようとする者も現れた。
 高野長英 ※(2)渡辺崋山 ※(3)らは尚歯会(蛮社)を結成し、西洋の技術のみならず、世界情勢そのものに目を向け、国際的な視野から鎖国下の日本のあり方をとらえ直そうとした。
 アメリカ商船モリソン号を幕府が撃退したことに対して、長英は『戊戌夢物語(ぼじゅつゆめものがたり)』で、崋山は『慎機論(しんきろん)』で幕府の政策を批判したので、蛮社の獄で処罰された。
《 モリソン号 》
(3) 佐藤信淵(さとうのぶひろ)
 佐藤信淵はすべての生産と流通を国家が管理するという構想を示し、来るべき国家のあるべき姿を描いた。
対外的危機に対して
(1) 危機意識
 1840年中国で起ったアヘン戦争で、中国がイギリスに敗北したという知らせは、日本の先進的な人々に強い衝撃を与えた。
 1853年ペリーが浦賀にやってきて通商を要求した事件は、渡辺崋山や高野長英らによって唱えられた対外的な危機が現実のものとして迫っていることを認識させた。
 幕末・維新の時期における思想の特徴の一つは、思想が学者の書斎の中での研究や思索によって形成されるのではなく、何らかの仕方で実践と結びついていたことである。
(2) 日本という意識
 西洋と日本の力の差を実感させたさまざまな事件は、進んだ技術を取り入れようとする機運とそうした技術を生んだ西洋を知ろうという欲求を高めると共に、西洋に対する「日本」という意識をも生んだ。それまでは国といえば藩を意味していた。こうした意識はナショナリズム的色彩を強く持った。
佐久間象山(さくましょうざん)
(1) 洋学研究
 佐久間象山は当時の武士と同じように初め儒学(朱子学)を身につけたが、アヘン戦争に衝撃を受け、洋学を学び、西洋式砲術や海防策、さらには殖産興業の技術を研究した。象山は朱子学の説く理も、西洋の自然科学の合理性もその本質は変わるところがないと考えていた ※(4)。象山の門下には勝海舟や吉田松陰、橋本左内、坂本龍馬など幕末に活躍した者や加藤弘之、西村茂樹などの洋学者がいた。
(2) 和魂洋才
 象山は『省諐録(せいけんろく)』で、「東洋道徳西洋芸術 ※(5)と述べ、科学的・技術的な面では西洋の進んだ文明を積極的に取り入れること(洋才)を説きながら、精神面では東洋の伝統的な価値基準を基盤とすべきこと(和魂)を主張した。この和魂洋才は幕末の西洋文明受容の基本となった。
松田松陰(まつだしょういん)
 松田松陰は「学問、それから経験」という生き方に対して、「まず経験、そこで得たものをもとにして学問」という考え方を提起した。松陰の一生は活動によって自己の本心を発揮しようとする実践の連続であった。
(1) 海外渡航の企て
 松田松陰は象山のすすめに従って、ペリーが再来した時(1854年)に、国禁を犯して海外渡航を企てたが、米船に断られて失敗し、潔く自首し、その後投獄され、30歳で刑死した。松陰が海外渡航を企てたのは、西洋の兵学の優位を確信し、西洋の学問を学ぶためには直接西洋に行くに限ると考えたためであった。
(2) 誠
 松陰は「天道も君学も一つの誠の時の外(ほか)なし」とを重視した。また松陰は「至誠にして動かざる者は未だこれ有らざる」とも言っている。誠においては「実・一・久」、すなわち実践への決断と一つの事への集中と持続が重要であるとして、誠をきわめて能動的・実践的な道徳としてとらえた。
(3) 一君万民論
 松陰はわが国の本来の姿は日嗣(ひつぎ) ※(6)である天子と人民とが直結すべきものであるとして、国民が藩の枠をこえて天皇に忠誠を尽くすという一君万民論尊王論)を説いた。この思想は幕末の倒幕運動に大きな影響を与えた。また明治国家を支えるイデオロギーともなった。
(4) 草莽崛起(そうもうくっき)
 晩年、獄にあった松陰は、国家的危機に対するには藩の束縛を脱した雑草のような在野の者(草莽)が立ち上がる(崛起)以外にはないと説いた。
横井小楠(よこいしょうなん)
 横井小楠 ※(7)はペリーの来航を機に攘夷論から開国論へ転換したが、その際外国との応接には天地仁義の大道を貫いている条理である「天地公共の理」に基づいて対処すべきことを提唱した。また、二人の甥が洋行するに際して、次のように書いて送っている。「堯舜(ぎょうしゅん)孔子の道を明らかにし 西洋器械の術を尽くさば 何ぞ富国に止まらん 何ぞ強兵に止まらん 大義を四海に布かんのみ」。すなわち、儒教の道徳と理想社会を基礎として、その上に西洋の技術を十分に取り入れるならば、富国強兵を実現するのみならず、世界に正義が実現するというのである。小楠は富国を中心として、列国と平和的貿易関係を結びながら、国家の独立を保とうと考えた。また政治に関しては、意見の交流を自由にして、世論に従って公共の政治を行うことを提唱した。
洋 学
西洋医学
前野良沢杉田玄白 ⇒ 『解体新書』
高野長英渡辺崋山 ⇒ 尚歯会(蛮社)
対外的危機
アヘン戦争、ペリー来航
佐久間象山
「東洋道徳・西洋芸術」、和魂洋才
吉田松陰
一君万民論、天皇への忠誠
注釈
(1) 『解体新書』
『解体新書』は1774年に刊行された。ドイツ人クルムスの解剖学書のオランダ語訳『ターヘル=アナトリア』を翻訳したもの。
(2) 高野長英(1804~1850)
高野長英は陸奥(岩手県)に生まれる。シーボルトのもとで医学と洋学を学び、江戸で開業した。
(3) 渡辺崋山(1793~1841)
渡辺崋山は田原藩(愛知県)の家老をつとめ、教育や産業の振興に尽力した。
(4) 朱子学の理・西洋科学の合理性
これに関して象山は次のように言っている。「宇宙の実理は二つなし。この理の在る所、天地もこれに異なること能はず。近年西洋発見する所許多(あまた)の学術は要するに皆実理にして、ただ以て吾が聖学を資(たす)くるに足る」。
佐久間象山 - [1811~1864]
 信州に下級武士の子として生まれる。儒学を学び朱子学を信奉する。アヘン戦争の衝撃から、西洋砲術を学び、ヨーロッパの学問に没頭し、自力で洋書を読めるようになった。のち砲術の塾を開いた。弟子に勝海舟、坂本龍馬、吉田松陰、加藤弘之らがいる。1864年、幕命を受けて上京し、要人に公武合体、開国進取を説いて回ったために、7月、尊攘派によって惨殺された。著書『省諐録』など。
(5) 東洋道徳・西洋芸術
芸術は、ここでは科学技術のことをいっている。
吉田松陰 - [1830~1859]
 長州藩士の次男として生まれる。山鹿流兵法師範の吉田家の養子となり、吉田家を継いだ。佐久間象山に師事し、兵学を学ぶ。1854年のペリー来航にあたり、下田で米艦密航を企てたが、拒絶され、自首して縛についた。後に萩に護送され野山獄に投獄された。獄を許されて松下村塾を開き、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋など多くの秀才を育てた。のち、安政の大獄に連座して刑死した。
(6) 日嗣
日嗣とは、天皇は太陽神である天照大神を継ぐものという意味である。
(7) 横井小楠(1809~1869)
横井小楠は肥後藩士の儒学者であったが、前越前藩主の松平慶永(まつだいらよしなが)に登用され、開国貿易、公武合体を唱えた。
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