ARTHUR-AQUAMARINE's MEMO

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◇ 08 市民社会の形成と近代思想の発展

  • 市民社会の成立を背景として生まれた社会運動の思想を理解しよう。
  • 個人を原理とする思想の発展について理解しよう。
  • 社会のゆきづまりの中でどのような思想が模索されたか理解しよう。

⑤ 戦後の思想

戦後の改革と価値観の模索
 第二次世界大戦の敗戦によって、戦争の遂行を支えていた権威や価値観が崩壊し、人々は拠り所を失った状態で、新たな価値観や秩序を模索した。戦後、戦争への反省から、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を基本原理とする日本国憲法が制定された。
 坂口安吾 ※(1)は戦後の拠り所を失った人々を見て、『堕落論』を著した。戦争の悲惨と運命によっても人間は変わらない。人間は人間に戻っただけである。人間は生き、堕落する。人間と同じく日本も堕落する。堕ちる道を堕ちきることによって、かえって自分自身を発見し、救わねばならないと、自己に根ざした道徳の回復を訴えた。
《 坂口安吾 》
丸山真男(まるやままさお)(1914~1996)
 丸山真男は第二次世界大戦での敗戦を「第二の開国」ととらえ、改めて真の近代化を目指すべきであるとし、自由な主体的意識に目覚めた個の確立が必要だと主張した。
 丸山は「超国家主義の論理と心理」(1946年)で、自由な主体的意識を持たず、各人が行動の制約を自らの良心の内に持たずに上の者に従ったことが誤った行動を取らせたと、戦前の日本と日本人が陥っていた精神的状況を構造的に明らかにした。そして、日本の思想史を分析し、儒学の荻生徂徠(おぎゅうそらい)の聖人の考え(「誰でも本然の性を発揮すれば、聖人になれる」)に主体的で自由な人格と、国学の本居宣長のもののあはれ論に社会秩序からも政治からも道徳からも自立した文学・芸術という近代意識の萌芽を見いだした。また近代的主体の確立をはばむ前近代的傾向である意識の古層を倫理意識、歴史意識、政治意識の三つの意識から検討し、その克服を説いた。
超国家主義の論理と心理
 こうした自由なる主体的意識が存せず各人が行動の制約を自らの良心のうちに持たずして、より上級の者(従って究極的価値に近いもの)の存在によって規定されていることからして、独裁観念にかわって抑圧の移譲による精神的均衡の保持とでも言うべき現象が発生する。上からの圧迫感を下への恣意の発揮によって順次に移譲していくことによって全体のバランスが維持されている体系である。これこそ近代日本が封建社会から受け継いだ最も大きな「遺産」の一つということが出来よう。
丸山真男 『現代政治の思想と行動』
吉本隆明(よしもとたかあき)(1924~2012)
 吉本隆明は敗戦の経験をふまえ、丸山真男の主張する近代的な主体の確立も戦後流行した共産主義もともに否定し、「自立」の思想的根拠を、大衆の生活様式に置いた。さらに、吉本は『共同幻想論』で、人間関係を個人と個人の関係としての自己幻想、個人と他者との関係としての対幻想、個人と他者との公的な関係としての共同幻想の三つに分類し、国家は共同の幻想であると説いた。そして、自己幻想は愛国心やナショナリズムという形で共同幻想に浸食されており、自己幻想の共同幻想からの自立を課題とした。
共同幻想
 ここで共同幻想というのは、おおざっぱにいえば個体としての人間の心的な世界がつくりだした以外のすべての観念世界を意味している。いいかえれば人間が個体としてではなく、なんらかの共同性としてこの世界と関係する観念の在り方のことを指している。(中略)
 共同幻想も人間がこの世界で取りうる態度がつくりだした観念の形態である。〈種族の父〉(Stamm-Vater)も〈種族の母〉(Stamm-Mutter)も〈トーテム〉もたんなる〈習俗〉や〈神話〉も、〈宗教〉や〈法〉や〈国家〉とおなじように共同幻想のある現われ方であるということができよう。人間はしばしば人間の存在を圧殺するために、圧殺されることをしりながら、どうすることもできない必然にうながされてさまざまな負担をつくりだすことができる存在である。共同幻想もまたこの種の負担のひとつである。だから人間にとって共同幻想は個体の幻想と逆立する構造をもっている。そして共同幻想のうち男性または女性としての人間が生み出す幻想をここではとくに対幻想構造をもっている。そして共同幻想のうち男性または女性としての人間が生み出す幻想をここではとくに対幻想とよぶことにした。いずれにしても私はここで共同幻想がとりうるさまざまな態様と関連をあきらかにしたいとかんがえた。
吉本隆明 『共同幻想論』
坂口安吾
『堕落論』、自己に根ざした道徳の回復
丸山真男
自由な主体的意識
吉本隆明
批評の原理としての大衆
注釈
(1) 坂口安吾(1906~1955)
新潟県に生まれる。本名:炳五(へいご)。東洋大学を卒業後、フランス文学を学び始め、小説、評論、翻訳を行う。のちには、歴史小説、推理小説、エッセイなど幅広く手がける。戦後『堕落論』を著し、衝撃を与える。太宰治らとともに「無頼派」と呼ばれた。
丸山真男 - [1914~1996]
 大阪に生まれる。東京大学法学部教授。1946年雑誌『世界』に論文「超国家主義の論理と心理」を発表、日本の言論界に大きな衝撃を与える。1956年には、戦争中のファシズム体制への学問的抵抗をバネにした研究成果を『日本政治思想研究』として刊行した。丸山は福沢諭吉をもっとも尊敬し、もっとも親近感をもって論じている。また福沢研究を通して、自由のあり方や日本の権力偏重などを分析した。戦後アカデミズムの枠を越えて、オピニオンリーダーとして発言し、大きな影響を与えた。著書として『日本政治思想研究』『日本の思想』『「文明論の概略」をよむ』などがある。
吉本隆明 - [1924~2012]
 詩人、評論家。東京に生まれる。東京工業大学を卒業後、労働組合運動に関わる。1958年、戦前の共産主義者たちの転向を論じた『転向論』を発表。1960年安保直後に「自立の思想」を標榜した雑誌『試行』を創刊。自立の立場から、丸山真男を代表する知識人の思想を批判した。その後テレビや漫画・アニメ、都市論などを論じ、サブカルチャーを評価した。その他、消費社会、宗教、言語表現、大衆文化など多方面にわたって思想、評論を展開した。著書として『共同幻想論』『心的現象論』『言語にとって美とは何か』などがある。
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