ARTHUR-AQUAMARINE's MEMO

メモ整理中。リンク貼り換え終了。読みかえし3章2まで中。


TOPETHICS AND PHILOSOPHY ≫ 第4章 西洋近代の思想 >> 04 科学革命 >> ① 科学革命と近代的自然観の誕生
Edit
Edit

◇ 04 科学革命

  • 合理化・脱魔術化といった特徴をもつ科学革命の意義を理解しよう。
  • 古代・中世の自然観と近代の自然観の違いを理解しよう。
  • ケプラー、ガリレイ、ニュートンなどを例に、科学革命の進行過程を確認していこう。

① 科学革命と近代的自然観の誕生

科学革命と近代化
 ルネサンスや宗教改革によって育まれた、あるがままの人間性を尊重しようという動きは、それまで教会や宗教に縛られてきた自然の見方を大きく変えていった。観察や実験により、自然現象をあるがままに見ようとする態度が、近代科学を成立させていったのである。
 イギリスの歴史家バターフィールド ※(1)は、16~17世紀のヨーロッパで近代科学を成立させた歴史的出来事を、科学革命と呼んだ。科学革命はルネサンス・宗教改革とともに西洋社会の近代化を押し進めた。法の支配、政党政治、議会制民主主義、機会の平等、自由市場経済などをもたらした近代化は、現在、西洋以外の社会にも広がりつつある。
近代化の核心 脱呪術化と合理化
 ドイツの社会学者マックス=ウェーバーは、西洋文明が他の文明が為し得なかった近代化を押し進めることができたのは、西洋文明の基盤となったユダヤ教・キリスト教がいち早く呪術や秘儀などの非合理的な要素から脱し(=脱呪術化)、人間として守るべき倫理的規範を明確化すること(=「宗教の合理化」)に成功していたからだと指摘した。つまり、彼は近代化の核心を合理化という言葉で表現したのである。われわれはもはや、自然の脅威から免れるために、神や精霊に祈ったりはしない。自然現象を冷静に観察し、そこから得られたデータからその後の動きを予測し、更にそれを制御しようとすらしている。このような脱呪術化=合理化を担ったのが、近代の自然科学であった。
西洋中世の自然観
 科学革命の成り行きを見ていく前に、近代以前の西洋中世の自然観がどのような特徴を持っていたものであったのかを見ていくことにしよう。
神学とスコラ哲学と「自由学芸七科」
 アウグスティヌスらによって確立されたキリスト教神学では、現実の自然界や人間界を堕落した存在とみなし、学問は信仰を害するものとして否定された。このため、ギリシアで生まれた哲学や自然学は西洋中世社会に伝わることはなかった。
 12世紀に入ると、イスラーム世界から多くの文献が輸入され、翻訳運動が展開された。その結果、ギリシア哲学の流れを汲んだイスラーム哲学やアラビアの科学が西洋社会に伝えられた。
 スコラ哲学 ※(2)を完成させたトマス=アクィナスは、アリストテレスの自然学に基づいて、神を中心とする調和的な秩序を論証し、体系的な神学を構築していった。中世の大学 ※(3)では、上級学部である学芸学部(哲学部とも呼ばれた)において基礎的な学問が教授された。そこで教えられたのが、文法学、修辞学、論理学の「三科」と算術、幾何学、天文学、音楽理論の「四科」からなる「自由学芸(リベラル・アーツ)七科」であった。この呼び方は、古代ギリシア以来、自由人たるにふさわしい理性的学問という意味で「自由学芸」 ※(4)と呼ばれていた伝統にのっとったものである。「自由学芸七科」は、自然の光すなわち理性の働きの発現である哲学(スコラ哲学)に統合されたが、あくまでも、「哲学は神学の侍女」であった。神の似姿として創造された人間に自然理性を与えたのは神であって、人間の知恵は究極的には神に由来するとされていたのである。
有機体的自然観から機械論的自然観へ
 中世のスコラ哲学は、アリストテレスの「質料形相論」をその自然観の基礎とした。あらゆる自然現象(=運動)は、可能態としての質料が、現実態としての形相を目的として運動・変化することによって起こると説明された ※(5)。このようなアリストテレスの自然観は、「目的論的自然観」と呼ばれる。人間においては霊魂が、形相として人間を人間たらしめる本質をなし、質料である身体を司っているとされ、人間のみならずあらゆる物体にもそれらをそのものたらしめる形相が宿っていると考えられていた。
 また彼の自然観は、「有機体的自然観」と呼ばれることもある。彼は、あらゆる物体を含め宇宙全体を一つの巨大な有機体ないしは、生命体になぞらえた。この観点に立てば、形相とはあらゆる運動変化の原因となる「個物に内在する生命原理」とみることができる。人間や動植物以外の無機的物質にも生命原理が宿っているという考え方は「物活論」と呼ばれるが、このような自然観は科学革命によって完全に打ち壊された。そして、これに取って代わったのがデカルトが原理的に追求した機械論的自然観である。それは、自然から霊魂、精神、心などの生命的要素を徹底的に排除していった。「有機体」をモデルとしていた自然理解は、「機械」をモデルとする自然理解へと変わっていったのである。
注釈
(1) バターフィールド(1900~1979)
イギリスの歴史家。主著は『近代科学の誕生』
(2) スコラ哲学
(スコラ学:Scholasticus)
ラテン語の「スコラ(schola)」は、もともとは教会や修道院の付属学校を意味する言葉で、英語の「スクール(school)」の語源である。「スコラ」の語源はギリシア語の「スコレー(scholē)」(=閑暇)で、生産活動から自由な時間を持つことができることが自由民の誇りであった。
(3) 中世の大学
西洋中世の大学の多くは、聖職者を養成するための組織として、カトリック教会の後援により生まれた。
(4) 自由学芸
「自由学芸」の対語であった「機械技術」(メカニカル・アーツ)は、奴隷階級が労働のために身につけるものにすぎず、自由人が身につけるものではないと位置付けられ、大学からは排除されていった。
(5) 形相を目的として運動・変化
例えば、落下する石も、宇宙の中心(=かつて自分がいた本来の場所)に戻るという目的を内包しているとされた。よって、故郷を離れていた旅人が、故郷が近づくにつれ、その足を速めるように、落下する石は次第にその速度を速めることになる。
Edit
△ TOP
TOP <<PRE ENTRY NEXT ENTRY>> TITLE LIST HOME