ARTHUR-AQUAMARINE's MEMO

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◇ 04 科学革命

  • 合理化・脱魔術化といった特徴をもつ科学革命の意義を理解しよう。
  • 古代・中世の自然観と近代の自然観の違いを理解しよう。
  • ケプラー、ガリレイ、ニュートンなどを例に、科学革命の進行過程を確認していこう。

② コペルニクス - コスモロジーの転換

古代・中世のコスモロジー(=宇宙観) ※(1)と天動説
 アリストテレスの宇宙観は、ⅰ)「月より遠くの太陽や星は、地球上の物質とは違う美しい透き通った物質からできており、地球上の物体の動きとは違った原理で動いている」、ⅱ)「その上で星が運動する固い天球が存在しており、宇宙は有限である」、ⅲ)「惑星は、地球を中心とする一様な円運動をする」といった原則を掲げる「同心天球説」をモデルとしていた。
 ところが、惑星は「惑う」という名前の通り、順行速度が一定ではなく、軌道上に停滞したり、逆方向に進んだりという原則を逸脱する現象が見られ、アリストテレスの理論ではこれを説明できなかった。

 地球を宇宙の中心に置きながらも、惑星の「変則」運動の観測データとも高い精度で一致するように考え出された理論が、古代ローマ時代にアレクサンドリアで活躍したプトレマイオスの「周転円節」であった。
《 アリストテレスの宇宙体系 》
《 プトレマイオスの「周転円説」 》
 彼は、円軌道の中心を地球からずらしたり、地球を中心とする円軌道(導円)の円周上に、小円(周転円)を描き、その上に惑星を配置し、導円と周転円の合成運動として「不規則」な惑星の運動を説明しようとした。イスラーム世界を経て中世ヨーロッパに伝わった「天動説」とは、このプトレマイオスの宇宙体系であった。
 この理論は観測データと一致させるために次第に複雑化し、16世紀には80をも超える「周転円」が必要とされていた。この理論の最大のポイントは、惑星は地球から見て、「一様の円運動」をするというアリストテレスの原則から逸脱したものであったということであった。

 このプトレマイオスの逸脱が後にコペルニクスにより地動説が打ち出されるきっかけとなったのである。
コペルニクスの地動説
 16世紀半ばから17世紀末にかけてのほぼ150年間にヨーロッパに起こった科学革命は、具体的にはコペルニクスの『天体の回転について』(1543年)の刊行に始まり、ニュートンの『プリンキピア(=自然哲学の数学的原理)』(1687年)の刊行により一応の完結を見る。

 この科学革命の序章となったのが、コペルニクスによる「天動説(地球中心説)」から「地動説(太陽中心説)」へのコスモロジーの転換であった。
《 コペルニクスの地動説 》
 コペルニクスの地動説は、月だけは元のように地球を中心とした軌道上を回転させ、太陽を中心とした点で、回転中心を一つとしたアリストテレス以来の同心天球説とは異なっていた。しかし、依然惑星は天球の上を同心円の円軌道を回っているものと信じていた。

 コペルニクスがプトレマイオスの天文体系に対して抱いた最大の疑問は、惑星の不規則運動を説明するために、周転円などの技巧的仮説を導入することで、アリストテレスの立てた「一様な円運動」という原則から外れてしまったことであった。
 彼は、簡潔な法則によって示されるという美的・数学的な感覚を信じていた。なぜならば、宇宙は「万物の最善にして最も規則的な制作者(=神)」の意志によって制作されたと考えていたからである。
 
 彼は、伝統的な「一様な円運動」に固執し「円の魔力」にとりつかれていたのだからこそ、天動説から地動説への転換という科学史上まれにみる革新を成し遂げることができたということができる。彼は、太陽だけでなく地球を動かすことを通じて惑星配列を単純化し、宇宙の調和的秩序(コスモス)を回復させようとしたのである。天体観測の結果に基づいて地動説を提唱したわけではなかったのだ。
注釈
(1) コスモロジー
ギリシア語のコスモスは、コスメティック(=装身具)と語源を同じくする言葉で、「美しい秩序」を意味していた。その対語が、無秩序、混沌を意味したカオスである。ピュタゴラス学派が最初に、コスモスを「宇宙」の意味で用いたとされ、以後永遠に続く必然的な秩序であるコスモスに内在するロゴス(=理)を探究する学問として、「コスモロジー(=宇宙論)」が発達していった。
プトレマイオス
- Claudius Ptolemaeus [83頃~163頃]
 古代ローマ帝国の天文学者・数学者・地理学者・占星術師。エジプトのアレクサンドリアで活躍した。世界で初めて、経緯線を用いた地図を作製した。英語圏ではトレミー(Ptolemy)と呼ばれる。
コペルニクス
- Nicolaus Copernicus [1473~1543]
 ポーランドのカトリック教会の司祭。医者でもあった。イタリアのボローニャ大学に留学。『天体の回転について』で地動説を唱えたが、危険思想とされることを恐れ、「計算のつじつまをあわせるための仮設にすぎない」と書いてある。
 地動説は、当初は無視されたままであったが、ガリレオなどによって学問的に裏付けられその説が普及してくると、コペルニクスの死後100年近く経った1616年に彼の本は禁書目録に入れられた。
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